■2019年の沖縄帰省日記。2020年の東京写真付き。[2] |
前回に引き続き、昨年8月に帰省していたときの日記です。でも、写真は今年8月の写真です。2019年の沖縄日記と、2020年の東京写真です。
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令和元年八月十三日(火)
■早朝5時半、軽自動車で家を出発。実家の最寄りのファミリーマートでコーヒーを買う。延々運転して7時半に沖縄本島最北端、辺戸岬に到着。うむ。一度、ここまで自力でドライブしてみたかったのだ。
その後、南下して屋宜原のローズガーデン。朝のパンケーキを食する。またパンケーキ食べてるな、おれは。
■ジミー大山店、58号線沿いの古着屋、北谷のアメリカンスペース、など立ち寄るもとくに大きな買い物はせず。実家へ。昼寝。
■夕刻より、コザの本家でウンケーの集まり。ウンケーは、沖縄の旧盆の「お迎え」の意。そうそう、2019年って本土のお盆と沖縄の旧盆が同じ日取りなんだよな。
途中、コザの別の親戚の家にも行く。本家に戻ると、妹2号一家も来ている。妹2号一家は宮古島在住なんだけど、お盆にあわせて本島にやってきた。
21:00ごろ解散。帰り道、エイサーは見られませんでした。
令和元年八月十四日(水)
■前日は沖縄本島最北端の辺戸岬に行ってきたので、今日は本島最南端の喜屋武豊、もとい喜屋武岬まで行こう、と思い立つ。
ということで朝7:30ごろ実家を軽自動車で出発。あ、前日にせよこの日にせよ、朝早く出発するのは、単に道が混むのがイヤだからです。
■喜屋武岬に到着。ここが本島最南端か、うむ。と達成感に浸りつつ、スマホで喜屋武岬について何気なく検索してみると──
喜屋武岬って、そもそも沖縄本島最南端じゃないらしい。
おい、そんなこと今日の今日まで知らなかったぞ……。ま、最南端にほど近いのは事実なんだけどさ。
Wikipediaいわく、「一般には喜屋武岬が沖縄本島最南端と誤解されがちだが、東南東約1.4km離れた荒崎が実の最南端である」。
■というわけで、スマホの地図を頼りに(実家の軽にはカーナビがないのです…)、荒崎まで行ってみることに。
途中、舗装という概念がまったくない、「これ、タイヤがつっかえたらどうなるんだ?」と想像することすら恐ろしいパリダカ級の悪路(百メートルほどもないのだが)を、ごついジープとかならまだしも、実家の軽自動車で走り抜けなければならず、あれはなかなかしんどかった。この悪路は幅も狭く、クルマ一台分の幅しかなかった。両方向からクルマ同士が出くわしたらどうなるんだろう。
悪路を抜け、ようやく「荒崎海岸入口」といった感じの場所にたどり着く。バス停(※)と茂みがあるだけの場所。この茂みを抜けると海岸に出る。
この日は、茂みに入るのがちょっと恐くて(ハブが出そうに思えたのです)、ここまで来てはみたものの海岸まで出るのはやめた。でも、本島最南端のわりと近くまで来られたので、よしとする。
※市のコミュニティバスのバス停。コミュニティバスといっても渋谷区のハチ公バスみたいなサイズのバスではなくハイエースなのですが、しかしハイエースでもあの細い悪路を通ることは出きないだろう。ということは、悪路じゃないちゃんとした道が別にあったのだろうか?
■南部から北上。嘉手納の本格バーガーの店に寄る。前から行こう行こうとは思ってたんだけど、行く機会がなかったんだよな。ダブルチーズバーガーとルートビアを発注。うまい! また来たい。ちなみに内装も凝ってて雰囲気あります。
その後、近くのジミーで買い物してると実家の母から電話。いとこたちが遊びに来てるとのことだったので至急実家に戻る。おれが着いたときには、いとこ各位はもう帰る寸前であったが、ちょっとだけ歓談。
いとこたちが帰ったあとは、しばし昼寝→行水。そしてクルマでまた出かける。カーラジオで地元の琉球放送を聞いてると、きょうはNHK FMで「YMO三昧」の日だったことを思い出して、NHK FMを聞く。マツタケ氏がシンセをいじり、アユカワマコトがギターを弾く「ライディーン」が始まる。
聞いてらんなくて、ラジオを琉球放送に戻す(※解説しますと、機材のトラブルかなんかで、アユカワ氏がちゃんと音を取って演奏できない状況だったらしいです。災難だよなあ…)。
■その後、琉球放送とYMO三昧をカーラジオで行ったり来たりしながら、北谷の「くら寿司」へ。予約していた寿司を受け取り、妹1号宅へ向かう。今日は妹2号一家も合流して、みんなで寿司なのです。
車中、YMO三昧でナイツ塙が「YMOで好きな曲はインソムニア」と語っていた。あの曲が好きって人も珍しいよね。
■夕刻、妹1号宅で、上述の通りみんなで寿司。おれは、UCCのペットボトルのブラックコーヒーを飲みながら寿司をつまむ。こういうお安い寿司は、ブラックのアイスコーヒーが合うんですよ(※個人の感想です)。
子供たちとわいわい騒いで寿司をつまむ中、iPhoneのラジコでYMO三昧をこっそりと、砂原良徳の出る部分だけ聞く。しかし、まりんが語っていた「大村の兄ちゃん」なる人物の詳細が知りたい。笑
■20:30ごろ、エイサーの音が外からかすかに聞こえてくる。みんなでエイサーを探しに行こう、という話になり、クルマ2台に分乗してエイサーを探しに行く。車中、カーラジオでYMO三昧の「以心電信」をかけてたら、妹2号にエイサーの音が聞こえないからラジオ消せ、と云われる。その後、無事エイサーは見られました。
22:00ごろ実家に帰宅。シャワー浴びて就寝。
令和元年八月十五日(木)
■なぜか午前4時に目が覚めてしまう。昨日のYMO三昧を、タイムフリー配信の類で聞こう、と思ったら、なんとタイムフリー配信の類をやってないらしい…。
なので、代わりに佐久間宣行のオールナイトニッポンを聞く。ラジコじゃなくて「ミックスチャンネル」なら、沖縄でも聞けるのだ。その後、二度寝して七時ごろ起きる。
朝食は母の作ったカレーなんだが、あきらかに煮立たせてしまっているので香りが全くなく、さらに、あらかじめ濃い味が付いた米国産ソーセージが入っているので、全体の味がかなり濃くなっている。うーむ。
■さて、今日はお盆のウークイ(※「お送り」の意)の日。午前中は両親といっしょに、南部の親戚回り2軒(うち1軒は不在だった。まあ午前中だしね)。
家に戻って、父とおばさんといっしょに父方の親戚回り5軒。さすがに疲れます。笑
その後、コザの本家に戻ってウークイの集まり。20:30ごろ送る。
■帰り道、聖母幼稚園のウラの急な坂道のとこでエイサーをやってるのを見かける。近くにあるおれのお気に入りのマチヤグヮー(個人商店)も、いつもより遅くまで開いてるみたい。
エイサーって、狙って探すとなかなか出会えないよね。いまどの青年会がどこにいるか分かるエイサー発見アプリみたいなのがあったらいいのに、と思いつつ、とはいえ、エイサーはそのコミュニティに属してない人々のための見世物でもないしなあ、とも思う。
令和元年八月十三日(火)
■早朝5時半、軽自動車で家を出発。実家の最寄りのファミリーマートでコーヒーを買う。延々運転して7時半に沖縄本島最北端、辺戸岬に到着。うむ。一度、ここまで自力でドライブしてみたかったのだ。
その後、南下して屋宜原のローズガーデン。朝のパンケーキを食する。またパンケーキ食べてるな、おれは。
■ジミー大山店、58号線沿いの古着屋、北谷のアメリカンスペース、など立ち寄るもとくに大きな買い物はせず。実家へ。昼寝。
■夕刻より、コザの本家でウンケーの集まり。ウンケーは、沖縄の旧盆の「お迎え」の意。そうそう、2019年って本土のお盆と沖縄の旧盆が同じ日取りなんだよな。
途中、コザの別の親戚の家にも行く。本家に戻ると、妹2号一家も来ている。妹2号一家は宮古島在住なんだけど、お盆にあわせて本島にやってきた。
21:00ごろ解散。帰り道、エイサーは見られませんでした。
令和元年八月十四日(水)
■前日は沖縄本島最北端の辺戸岬に行ってきたので、今日は本島最南端の喜屋武豊、もとい喜屋武岬まで行こう、と思い立つ。
ということで朝7:30ごろ実家を軽自動車で出発。あ、前日にせよこの日にせよ、朝早く出発するのは、単に道が混むのがイヤだからです。
■喜屋武岬に到着。ここが本島最南端か、うむ。と達成感に浸りつつ、スマホで喜屋武岬について何気なく検索してみると──
喜屋武岬って、そもそも沖縄本島最南端じゃないらしい。
おい、そんなこと今日の今日まで知らなかったぞ……。ま、最南端にほど近いのは事実なんだけどさ。
Wikipediaいわく、「一般には喜屋武岬が沖縄本島最南端と誤解されがちだが、東南東約1.4km離れた荒崎が実の最南端である」。
■というわけで、スマホの地図を頼りに(実家の軽にはカーナビがないのです…)、荒崎まで行ってみることに。
途中、舗装という概念がまったくない、「これ、タイヤがつっかえたらどうなるんだ?」と想像することすら恐ろしいパリダカ級の悪路(百メートルほどもないのだが)を、ごついジープとかならまだしも、実家の軽自動車で走り抜けなければならず、あれはなかなかしんどかった。この悪路は幅も狭く、クルマ一台分の幅しかなかった。両方向からクルマ同士が出くわしたらどうなるんだろう。
悪路を抜け、ようやく「荒崎海岸入口」といった感じの場所にたどり着く。バス停(※)と茂みがあるだけの場所。この茂みを抜けると海岸に出る。
この日は、茂みに入るのがちょっと恐くて(ハブが出そうに思えたのです)、ここまで来てはみたものの海岸まで出るのはやめた。でも、本島最南端のわりと近くまで来られたので、よしとする。
※市のコミュニティバスのバス停。コミュニティバスといっても渋谷区のハチ公バスみたいなサイズのバスではなくハイエースなのですが、しかしハイエースでもあの細い悪路を通ることは出きないだろう。ということは、悪路じゃないちゃんとした道が別にあったのだろうか?
■南部から北上。嘉手納の本格バーガーの店に寄る。前から行こう行こうとは思ってたんだけど、行く機会がなかったんだよな。ダブルチーズバーガーとルートビアを発注。うまい! また来たい。ちなみに内装も凝ってて雰囲気あります。
その後、近くのジミーで買い物してると実家の母から電話。いとこたちが遊びに来てるとのことだったので至急実家に戻る。おれが着いたときには、いとこ各位はもう帰る寸前であったが、ちょっとだけ歓談。
いとこたちが帰ったあとは、しばし昼寝→行水。そしてクルマでまた出かける。カーラジオで地元の琉球放送を聞いてると、きょうはNHK FMで「YMO三昧」の日だったことを思い出して、NHK FMを聞く。マツタケ氏がシンセをいじり、アユカワマコトがギターを弾く「ライディーン」が始まる。
聞いてらんなくて、ラジオを琉球放送に戻す(※解説しますと、機材のトラブルかなんかで、アユカワ氏がちゃんと音を取って演奏できない状況だったらしいです。災難だよなあ…)。
■その後、琉球放送とYMO三昧をカーラジオで行ったり来たりしながら、北谷の「くら寿司」へ。予約していた寿司を受け取り、妹1号宅へ向かう。今日は妹2号一家も合流して、みんなで寿司なのです。
車中、YMO三昧でナイツ塙が「YMOで好きな曲はインソムニア」と語っていた。あの曲が好きって人も珍しいよね。
■夕刻、妹1号宅で、上述の通りみんなで寿司。おれは、UCCのペットボトルのブラックコーヒーを飲みながら寿司をつまむ。こういうお安い寿司は、ブラックのアイスコーヒーが合うんですよ(※個人の感想です)。
子供たちとわいわい騒いで寿司をつまむ中、iPhoneのラジコでYMO三昧をこっそりと、砂原良徳の出る部分だけ聞く。しかし、まりんが語っていた「大村の兄ちゃん」なる人物の詳細が知りたい。笑
■20:30ごろ、エイサーの音が外からかすかに聞こえてくる。みんなでエイサーを探しに行こう、という話になり、クルマ2台に分乗してエイサーを探しに行く。車中、カーラジオでYMO三昧の「以心電信」をかけてたら、妹2号にエイサーの音が聞こえないからラジオ消せ、と云われる。その後、無事エイサーは見られました。
22:00ごろ実家に帰宅。シャワー浴びて就寝。
令和元年八月十五日(木)
■なぜか午前4時に目が覚めてしまう。昨日のYMO三昧を、タイムフリー配信の類で聞こう、と思ったら、なんとタイムフリー配信の類をやってないらしい…。
なので、代わりに佐久間宣行のオールナイトニッポンを聞く。ラジコじゃなくて「ミックスチャンネル」なら、沖縄でも聞けるのだ。その後、二度寝して七時ごろ起きる。
朝食は母の作ったカレーなんだが、あきらかに煮立たせてしまっているので香りが全くなく、さらに、あらかじめ濃い味が付いた米国産ソーセージが入っているので、全体の味がかなり濃くなっている。うーむ。
■さて、今日はお盆のウークイ(※「お送り」の意)の日。午前中は両親といっしょに、南部の親戚回り2軒(うち1軒は不在だった。まあ午前中だしね)。
家に戻って、父とおばさんといっしょに父方の親戚回り5軒。さすがに疲れます。笑
その後、コザの本家に戻ってウークイの集まり。20:30ごろ送る。
■帰り道、聖母幼稚園のウラの急な坂道のとこでエイサーをやってるのを見かける。近くにあるおれのお気に入りのマチヤグヮー(個人商店)も、いつもより遅くまで開いてるみたい。
エイサーって、狙って探すとなかなか出会えないよね。いまどの青年会がどこにいるか分かるエイサー発見アプリみたいなのがあったらいいのに、と思いつつ、とはいえ、エイサーはそのコミュニティに属してない人々のための見世物でもないしなあ、とも思う。