■2016/12/29〜2017/1/3はパリではなくバリにおりました。

■オルタカルチャー


オルタカルチャー

来るべきインターネット時代に備えて、『オルタ・カルチャー』を買いました。これから日本もどんどんインターネットが普及してきて、どんどんインターネット社会になって、どんどん便利になると思います(たとえば、歌舞伎座の切符を自宅のパソコンから購入できるようになる、等)。これからは、やはりインターネットですね!


■ドロンちび丸、TPぼん


ドロンちび丸TPぼん


■昨日買った。『ドロンちび丸』は、これ、解説が戸川純って知ってた?

──知ってたよ。 (゚д゚ ) (゚д゚ ) (゚д゚ )

すいません。


■『TPぼん』は、中央公論社版が好きなのでそれで揃えたいところだけど、ま、未収録のエピソードもあるそうなので一応このバージョンも。


■歌舞伎とは、『助六由縁江戸桜』のことである(極論)


■さて、今日は歌舞伎座夜の部行ってきます。お目当ては助六。

先週土曜日(3/11)も一幕見席で助六だけ見てきたんですね。今日の見物に備えて、ちょっと下見というか予習というか。まあ、助六、好きですし。というか、カブキ見る人で助六嫌いって人はあんまりいないんじゃないかな。

タイトルがいい。『助六由縁江戸桜』。すけろく、ゆかりの、えどざくら。と、発音するだけで、こう、胸にともる物がある。ありませんか。ないならないでいいですが、おれはあります。江戸歌舞伎の大らかさだとか、華やかさだとか、荒事の勢いだとか、さくら舞ふ舞ふ吉原の風情だとか。そして平成二十二年四月第三部、勘三郎が團十郎の股をくぐった春の夜の木挽町のあの賑わいだとか。そういったいろいろなものが、このわずか七字のタイトルに詰まってる。っていうか、歌舞伎とは『助六由縁江戸桜』のことです。

──それは言い過ぎだと思ふ。 (゚д゚ ) (゚д゚ ) (゚д゚ )


■さて、この日3/11の助六。海老蔵は、これまでの貯金だけで乗り切ろうとしてるような感じでした。手持ちの札だけで済ませたというか。なんか足りないんよ。でも、なにが足りないんだろう。まだ所帯を持つ前の、西麻布で殴られる前の海老蔵の助六をおれは見ていて('10年5月演舞場)、そのころと同じ物を海老蔵に求める方が悪いのかもしれないけど、しかし、あのころのギラギラした感じはもう戻ってこないのかなあ、なんて思ってしまった。まあ、難しい年齢だよね。若くはないし、かといって円熟云々って年でもまだないしね。


■ああ、すいません、素人が好き勝手書いて。今日の助六は、もっと良くなっていることを期待しております。


■あ、そうそう。昨日、国立劇場で『伊賀越道中双六』観てきたんですが、雀右衛門よかったです。揚巻よりも、こういう役のほうが似合うよねえ。


■所ジョージ「寿司屋」「木造建築20階建て」


■このところ、営業車を運転しながら所ジョージばっかり聴いてます。

所ジョージの「寿司屋」って曲があって、先日はじめて聴いたのですが、歌詞が「つまらぬ奴と寿司屋に行った」といった変わった内容で、めちゃめちゃ早口でぶつぶつ歌うので歌詞が聴き取りづらくて、しかも歌い方の強弱が激しすぎてpppの部分とfffの部分とでめちゃめちゃ音量差があるのでボリュームの設定には注意しないといけない、という謎の部分が多い曲です。

それでもって、いちばん謎なのが、最後の最後で、「救いのミコは 三鷹の駅で 倒れ切っている」という、これまでの歌詞といっさい関係ない、なんだか不穏なようなシュールなような一文が、不思議なくらい唐突に登場して終わるんですね。

所ジョージ作品にはパロディーが多いので、これもなんかのパロディーなんですかね? いや、文言が「きよしこの夜」からの引用であるというのは分かるけど、思わせぶりな一行で唐突に歌が終わる、という構成自体がなんかのパロディーなのかな。この曲の歌い方自体が当時('70年代末)のフォークのパロディーっぽいしね。

ちなみにこの部分、シングルとLPで歌詞が違ってて、シングルだと「救いの巫女は 御母の胸に 倒れ切っていた」となるそうです。巫女?

そういえば、大昔のインタビューで、InKの石野卓球が初めて買ったレコードとしてこの「寿司屋」を挙げていたのですが、近年のインタビュー(たしか京都のクラブのサイト)では同じ質問に別のレコードを挙げておりました。まあ、こういう質問の答って、媒体とか訊き方とか訊かれ方とか話の流れ方とかで変わるもんですからね。


■で、先日、水戸で所ジョージのコンパクトなディスクを二枚捕獲しました。

所ジョージ二枚

左は、『ホテルチャイナタウン』という'91年のオリジナルアルバム。右は、『20周年カニバーサミー2』という'97年のベストアルバム。この二枚とも、「木造建築21階建て」という曲がそれぞれ収録されています。それぞれ別テイクです。この曲には原曲というか原型があって、「春一番の前」という所さんの'90年のシングルがあるのですが、B面の「木造建築20階建て」がそれです。というわけで、この「木造建築20(21)階建て」は、'90年版、'91年版、'97年版と、つごう三つのテイクが存在することになります。

小学生のころ、この「春一番の前」のCDをレンタルしてカセットにダビングしてたのですが、このしっとりした表題曲よりも、B面の「木造建築20階建て」ばかり聴いておりました。内容は、いわゆる「あるある」とも違うし、なにげない日常の風景を切り取った──みたいなのともまた違う、所ジョージがその当時思っていたであろう些細なこと(現在だと、それこそtwitterに書き捨てられてくような内容)を字余り気味に詰めるだけ詰め込んだ感じの歌詞で、この曲を友人に聴かせたところ「早口言葉みたいだよな!」と面白がってくれた思い出もある。おれは聴き慣れた'90年版がいちばん好きですね。

とはいえ、小学生のころのカセットなんてさすがに手元に無くて。'90年版は聴きたくても聴けないんですよね…。もう何年も聴いてないなー。20年くらい? もっとか。いや、amazonのマケプレに「春一番の前」が一枚だけ出品されてるんだけど、常規を逸した値段でね。ちょっと買えない。'90年版は、サビ(正しくは“サワリ”)の部分でシンセドラムのような音が入っててさ、あれが聴きたいんだよね。ここ数日、上記の'91年版と'97年版を聴いてるんだけどさ、演奏というかアレンジのキレのようなものも、'90年版のほうが好きかな(これは小学生時代の記憶と照らし合わせての判断なので、いままた'90年版を聴き直したら違った感想になるのかもしれないけどね)。


■天茶とマッピー


マッピー

■昨日の夜、宇都宮でね。おじいさんがほとんど一人でやってるような小さな天ぷら屋に入って。この店、二千円のランチは2回ほど食べたことあったけど、夜に入るのは初めて。

暖簾くぐって引き戸開けて、こぢんまりとした店内が現れて。小料理屋然とした、10席ほどのカウンターの席に座って。四千円の頼んで。熱燗も発注して。ほどなくして突き出しの塩辛が出てきて。

あとは天ぷら出てきて。海老とかタラの芽とか。なんかいろいろ。いちいち覚えない。ブログに書くために天ぷら食ってるわけじゃない。おれの胃の腑に収まるために揚がってくる天ぷらを、店内に置かれてるテレビジョンから流れてくる通俗的な番組の音声だけを聞きながら淡々とサクサク食べて。〆の炭水化物は天茶にしてもらって。わさびも添えて。最後にデザートに煉乳かかったイチゴ出てきてね。

おいしい。いや、美味しいのは当然としても、なんか、流れる時間がただただ良かった。黙々とひとり。揚げたての天ぷらと対峙する時間…………。(´ω`)


■お店がこぢんまりとしてるとこがいい。昭和50年代で時が止まってるような店内の空気もいい。メニューの品数が少ないとこもいい。いろんな銘柄の酒が揃ってないのもいい。

この店は天ぷらも美味しいけど、上記のいろんな点で気に入ってる。ほら、外食って、料理だけじゃなくていろいろトータルじゃないですか。


■あ、これは宇都宮で天ぷらを食べた、というだけのエントリです。


■で、勘定を済ませて店を出て、ほろ酔い気分で例のゲームセンター行って。酔い覚ましのエムエーピーピーワイ、あ、『マッピー』やって。

──そこ、あべこうじ風に発音しなくてよろしい。 (゚д゚ ) (゚д゚ ) (゚д゚ )

この日のスコア21700点。5面までは行けた。4面を過ぎると、子分の猫どもの足が速くなっちゃって、いつも挟み撃ちにされちゃうんだよなあ、と西暦2017年にマッピーの話してる奴もあんまりいない。



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