■gocoup.1002に関する(続々々) |
10
■しかし、夜の散歩を楽しむにはうってつけの気候だったので、スターリィ・ナイトに火を点け、乳白色の煙を吹かしながらそのまま歩き続けた。
十分ばかり歩いた頃だろうか、それこそ倫敦のような濃い霧が俄かに立ち込めてきた。そろそろ帰ろう、という考えが頭をよぎるが、ここで帰ってしまったら何かを見逃してしまうような気がして、夜霧の中の散歩もまた一興、と自分に言い聞かせて先へ進んだ。
■さらに五分ばかり歩いたところ、煌々と灯りを放つショウ・ウィンドウが霧の中に浮かんでいるのが目に入ってきた。飲み屋ではなく、宝石店か画廊か高級なケーキ屋のように見受けられた。あたりは人通りも無く静かな一角で、この店以外はみんなもう閉まっていた。
近寄ってみて眩しいばかりの大きなウィンドウを覗き込むと、さして広くはない店内はまだ完成しておらず、空の棚がいくつかあるだけだった。
店内には、ホテルのドアマンだかベルボーイだかのような身なりの、様子のよい十二三歳の少年三人が、この真夜中近くに大きなダンボールを運んだり絵図面を広げたりしながらなにやら話し合っている。なんの店だかまったく見当が付かない。そもそも店なのだろうか。
ふと店の入り口である重厚なドアーの上に架けられた看板を見ると、そこにはなんと
<gocoup's candy store>
と品のよい書体で記されているではないか!
11
■小僧さん、と呼ぶには似つかわしくない少年たちに、いささか気後れしつつ声をかけた。
「君達、このお店は──」
一人が返事をした。
「電子音楽レーベルの<gocoup>が開発した、新しい飴玉を売る店です」
「飴玉?」
「ええ、gocoupのM氏がヴェネツィアの研究所と共同で開発した、耳と舌で味わう飴玉です。ひとたび口中へ入れますと聴覚に直接作用して頭の中に電子音楽が鳴り響くのです」
「真逆」
別の少年が4粒の飴玉が入った包みを手渡してきた。
「お試しになりますか」
その包みには、gocoup.1002と記されていた。gocoupの新作は、レコード盤ではなく飴玉だったのである! gocoupのM氏に一杯食わされたような気分になった。世界公演の日程を取り消してまで、新作の発売を延ばし延ばしにしてまで、こんな戯事にかまけていたのだろうか。
■差し出された飴玉4粒は、橙色、銀、水色、ペパーミント・グリーンで、どれも綺麗に透き通っていた。中にラメのような細かい粒が幾らか含まれている。半信半疑でペパーミント・グリーンを口に含んだ。そうしろと云われた訳ではないが、自然に目を閉じた。口中に、まがい物ではないちゃんとした薄荷の味が広がる。
しばらくすると、実に奇妙なことに、私の頭の中に電子音らしき音で構成された音楽が鳴り響き始めた。そしてその音楽は果たして、T氏より贖ったルクセンブルグ産のレコードに録音されていた4曲目とまったく同じであった。と、感ぜられたのは、バレヱ帰りのトスカーナ産の飲み過ぎによるものなのだろうか。
(了)
──────
──気は済んだか? (゚д゚ ) (゚д゚ ) (゚д゚ )
はい、済みました。( ・ω・)ゞ
■しかし、夜の散歩を楽しむにはうってつけの気候だったので、スターリィ・ナイトに火を点け、乳白色の煙を吹かしながらそのまま歩き続けた。
十分ばかり歩いた頃だろうか、それこそ倫敦のような濃い霧が俄かに立ち込めてきた。そろそろ帰ろう、という考えが頭をよぎるが、ここで帰ってしまったら何かを見逃してしまうような気がして、夜霧の中の散歩もまた一興、と自分に言い聞かせて先へ進んだ。
■さらに五分ばかり歩いたところ、煌々と灯りを放つショウ・ウィンドウが霧の中に浮かんでいるのが目に入ってきた。飲み屋ではなく、宝石店か画廊か高級なケーキ屋のように見受けられた。あたりは人通りも無く静かな一角で、この店以外はみんなもう閉まっていた。
近寄ってみて眩しいばかりの大きなウィンドウを覗き込むと、さして広くはない店内はまだ完成しておらず、空の棚がいくつかあるだけだった。
店内には、ホテルのドアマンだかベルボーイだかのような身なりの、様子のよい十二三歳の少年三人が、この真夜中近くに大きなダンボールを運んだり絵図面を広げたりしながらなにやら話し合っている。なんの店だかまったく見当が付かない。そもそも店なのだろうか。
ふと店の入り口である重厚なドアーの上に架けられた看板を見ると、そこにはなんと
<gocoup's candy store>
と品のよい書体で記されているではないか!
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■小僧さん、と呼ぶには似つかわしくない少年たちに、いささか気後れしつつ声をかけた。
「君達、このお店は──」
一人が返事をした。
「電子音楽レーベルの<gocoup>が開発した、新しい飴玉を売る店です」
「飴玉?」
「ええ、gocoupのM氏がヴェネツィアの研究所と共同で開発した、耳と舌で味わう飴玉です。ひとたび口中へ入れますと聴覚に直接作用して頭の中に電子音楽が鳴り響くのです」
「真逆」
別の少年が4粒の飴玉が入った包みを手渡してきた。
「お試しになりますか」
その包みには、gocoup.1002と記されていた。gocoupの新作は、レコード盤ではなく飴玉だったのである! gocoupのM氏に一杯食わされたような気分になった。世界公演の日程を取り消してまで、新作の発売を延ばし延ばしにしてまで、こんな戯事にかまけていたのだろうか。
■差し出された飴玉4粒は、橙色、銀、水色、ペパーミント・グリーンで、どれも綺麗に透き通っていた。中にラメのような細かい粒が幾らか含まれている。半信半疑でペパーミント・グリーンを口に含んだ。そうしろと云われた訳ではないが、自然に目を閉じた。口中に、まがい物ではないちゃんとした薄荷の味が広がる。
しばらくすると、実に奇妙なことに、私の頭の中に電子音らしき音で構成された音楽が鳴り響き始めた。そしてその音楽は果たして、T氏より贖ったルクセンブルグ産のレコードに録音されていた4曲目とまったく同じであった。と、感ぜられたのは、バレヱ帰りのトスカーナ産の飲み過ぎによるものなのだろうか。
(了)
──────
──気は済んだか? (゚д゚ ) (゚д゚ ) (゚д゚ )
はい、済みました。( ・ω・)ゞ