■2017/12/29〜2018/1/4は冬休みで沖縄。

■gocoupのシングルは2018年に持ち越し。

■こちらもぜひ。
https://soundcloud.com/hanzo_tv/

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■gocoup.1002に関する(続)


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■「フル・アルバムにも関わらず総演奏時間はわずか17秒」「いや、レコード24枚組みの大作である」「第一次大戦以前に製造された電子楽器のみで演奏されている」「ただ、波音と象の啼き声が入っているだけだ」「存在しない活動写真の為の伴奏音楽らしい」「電子音楽が量子重力の変換解釈学との境界を侵犯した問題作」「すべての高等学校の化学準備室に捧ぐべき傑作」等々巷間に噂されるもいっこうに発売されない東都の電子音楽レーベル<gocoup>の新作は題名すら発表されておらず、ただgocoup.1002という規格番号のみが伝えられている。

当のgocoupのM氏も、件のミュンヘン講演以降は公の場で発言をしていない。



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■電子音楽愛好家の特徴は、オペラやタンゴのそれよりも明確である。食べ物にうるさく、本をたくさん読み、神経質である。夏を好まない。そして、大概は肥っているか痩せているかしていて、中間の者が少ない。

日本橋のMデパアトの大食堂でT氏と会ったのは八月か九月の土曜日の午後であった。いつも紺色の着物と鼠色の袴で現れるT氏は電子音楽に精通した事情通であり、よく肥っていた。


■久しぶりに会ったT氏もまた、多くのgocoup愛好家がそうするように、gocoupの新作が遅延している件をまるで我が事のように嬉しそうに憂えてみせた。

恰幅のよいT氏はジョッキの生ビールを飲みながら、酒肴代わりのつもりかオムレットをアッという間に平らげ、すぐさま給仕にカレーライスにカツレツを乗せて持ってくるよう命じた。

サンドヰッチと珈琲だけの私が、生命力の弱い仔犬か何かに思えてくるが、それはさておきgocoupの新作が遅れに遅れている件をT氏に訊いたところ、次のような回答が得られた。

「それはですね、彗星、ほうき星の運行が関係しているのです! このキネオラマのような宇宙を、土星のハイカラな輪っかのあたりからやってきたゼンマイじかけの赤くて大きなほうき星が地球とお月様の間をちょうど通過していましてね。それが地球上の時間の流れに作用して、gocoupの新作を遅らせt


■こういった、タルホ的記号を羅列して悦に入ることを、私は余り好まない。

よく食べよく飲むT氏に付き合ってつい頼んでしまったクリームソオダのアイスクリームをストローで攪拌する作業に私は集中し始めていた。gocoupの音楽もT氏も、どこか夢見がちなところがある。プラタナスとガス燈が立ち並び星が瞬く清潔な都会の夜だけが世界ではあるまい。



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■しかし、さすがは事情通のT氏。一通り発言の中に自分のタルホ的語彙を混ぜ込むだけ混ぜ込んで満足すると、扇子を仰ぐ手を急に止めてこう続けた。

「実は、そのgocoup.1002を手に入れましてね」