■クリスマスのようなもの |
■どうも、キリストの父です。くわしくはこちらとこちらを。
■さて、クリスマスとかいう敗戦国っぽい行事があるじゃん。あれって、いつごろから日本の行事になったんだろう、と、このごろたまに考えるんですよ。
日本国民が、クリスマスだからといって律儀にツリーやケーキを用意したり、律儀に交尾したり、律儀に「あの人と会えない…」と悲しんだり寂しがったり、律儀に「今年も一人です」みたいな内容のブログを更新したり、律儀に街角でケータイで彼氏とケンカを演じたりするようになったのはいつの時代からなのだろう、と思いまして。
というのも、我々のおじいちゃんおばあちゃんの世代は、現在のように「日本の庶民の儀式として定着したクリスマス」を律儀に祝ってはなかったように思うんですよ。まあ、「クリスマスという儀式が西洋に存在する」ぐらいの知識はあったと思うんですが。
■──と、ここまで書いたところで、ちょっと前の朝日新聞に「日本で初めてクリスマスが祝われたのは1552年。でも、みんなが楽しむ季節の行事として本当に定着したのは戦後のことなんだ」と書かれているのを見つけた。戦後わずか60年ちょっとでこの普及っぷり。
しかし、単なる“季節の行事”にしては、他の行事とは比べ物にならないほどの思い入れを込められて扱われることが多いっすよね、クリスマスって。
■クリスマスのメッカ(?)である欧米でも、クリスマスの飾りつけは11月の終わりごろからしか行わないのに、池袋の東口では11月のかなり早い段階からクリスマスツリーやらなんやらを飾っていた。もちろん池袋東口以外でも、欧米よりも早くクリスマスの飾り付けをしてるところをいっぱい見かけた。日本人はどんだけクリスマスが好きなんだって話ですよ。
■それで、えー、途中を百段階くらいすっとばして話を進めますが、このエントリで云いたいことは、つまり「一国の国民全員を洗脳するのは、ひょっとしてそれほど難しいことではないのではないか」ということなんですね。
──話が飛躍しすぎです…(゚д゚; ) (゚д゚; ) (゚д゚; )
■それにしても、60年前には普及してなかった行事を、なんかみんな「一年の中でもとくべつな日」みたいに大切に思って(思い込まされて?)、みんなそろって浮かれたりしんみりしたりSEXしたり。不思議なもんです。
■さて、クリスマスとかいう敗戦国っぽい行事があるじゃん。あれって、いつごろから日本の行事になったんだろう、と、このごろたまに考えるんですよ。
日本国民が、クリスマスだからといって律儀にツリーやケーキを用意したり、律儀に交尾したり、律儀に「あの人と会えない…」と悲しんだり寂しがったり、律儀に「今年も一人です」みたいな内容のブログを更新したり、律儀に街角でケータイで彼氏とケンカを演じたりするようになったのはいつの時代からなのだろう、と思いまして。
というのも、我々のおじいちゃんおばあちゃんの世代は、現在のように「日本の庶民の儀式として定着したクリスマス」を律儀に祝ってはなかったように思うんですよ。まあ、「クリスマスという儀式が西洋に存在する」ぐらいの知識はあったと思うんですが。
■──と、ここまで書いたところで、ちょっと前の朝日新聞に「日本で初めてクリスマスが祝われたのは1552年。でも、みんなが楽しむ季節の行事として本当に定着したのは戦後のことなんだ」と書かれているのを見つけた。戦後わずか60年ちょっとでこの普及っぷり。
しかし、単なる“季節の行事”にしては、他の行事とは比べ物にならないほどの思い入れを込められて扱われることが多いっすよね、クリスマスって。
■クリスマスのメッカ(?)である欧米でも、クリスマスの飾りつけは11月の終わりごろからしか行わないのに、池袋の東口では11月のかなり早い段階からクリスマスツリーやらなんやらを飾っていた。もちろん池袋東口以外でも、欧米よりも早くクリスマスの飾り付けをしてるところをいっぱい見かけた。日本人はどんだけクリスマスが好きなんだって話ですよ。
■それで、えー、途中を百段階くらいすっとばして話を進めますが、このエントリで云いたいことは、つまり「一国の国民全員を洗脳するのは、ひょっとしてそれほど難しいことではないのではないか」ということなんですね。
──話が飛躍しすぎです…(゚д゚; ) (゚д゚; ) (゚д゚; )
■それにしても、60年前には普及してなかった行事を、なんかみんな「一年の中でもとくべつな日」みたいに大切に思って(思い込まされて?)、みんなそろって浮かれたりしんみりしたりSEXしたり。不思議なもんです。